旬感ブログ

好きなこと&旬な気持ちをメモ代わりに

帰らない日曜日

エンドロールが終わると、水筒の水を一口飲んだ。普段、映画を観る時は、ちょこちょこ水分補給をするのに、この作品では最後まで一切水を飲まなかった。それほどまでに集中して観ていたのか?夢中になっていたのか?と言われると、正直よくわからない。けれども、先の展開をあれこれ想像しながら少し緊張感を持って観ていたことに間違いない。

 

第1次世界大戦後のイギリスを舞台に、名家の子息と孤独なメイドの秘密の恋を描いたラブストーリーという、あらすじは頭に入っていたものの、“それだけ”ではないでしょ、まだ何かが起きるという予感が画面からびしばし。それは、あまりにも美しい映像がそうさせたのか、印象的な音楽がそうさせたのか、効果的なカメラワークがそうさせたのか。「この後何が起こるのだろう」ということばかりが気になっていた。

でも、最後まで見ると私自身が過度にスリルを感じていたことに気づく。そういった過剰な期待は、それが裏切られると、「なんだ、思ったより平凡だったな」と肩透かしを食らったような気持ちになるのだけども。この作品は、そうはならなかった。

それどころか、全てがつながった瞬間そういうことか‼いい意味で期待が裏切られた喜びで満たされた。

 

いくつか印象的なシーン、好きなシーンがあり、それぞれに言及したい。のですが、シーンによっては、ネタバレにもつながるので、まだ未見の方は、この先ご注意ください。

 

まずは、全体的なもの。

事前情報なしで観たので、鑑賞後、え?R15だったの?と驚いた(基準とかわからないけど、露出度合い的にR18かと)。確かに、ヌードシーンは多いものの、そこにイヤラシさがあるかというと、必ずしもそうではなく。美しい部屋・景色の中に一糸纏わぬ姿で人間が佇むと、それはもうほぼ絵画なんだな。つまり、それらをそう見せるオデッサ・ヤングとジョシュ・オコナーの二人が素晴らしかったのだと思う。

特に、主人公のジェーンが、秘密の恋人であるシェリンガム家の子息ポールと彼の寝室でひと時を過ごし、その姿のまま、誰もいなくなった広大なアプリィ邸の中を、気の向くままに散策するところ。物語のポイントなので、結構長いシーンなのですが、どう言葉に表せばよいのだろうか。昼下がりの窓から差し込む光、豪華な本棚や調度品、ジェーンの姿や表情……。はぁ美しいな……。でも秘密を覗き見ているような、不思議な感覚。

他にも第一次世界大戦後、1924年当時の上流階級の人々の暮らし、イギリスの景色そのものが時に水彩画のように、時に油絵のように映る。

 

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ここからは、完全にネタバレ。

 

 

・ポールが事故死したと知ったジェーンが息を殺して涙を流すシーン(1924年

身分違いの秘密の恋人で、ついさっきまで同じ時間を過ごしていた人が、自分の知らないうちに亡くなっていた。あまりにもつらい。のに、付き合っていたことはもちろん、知り合いであったことすら公言できない。だから、人前で涙を流すことはもちろん許されない。ジェーンの賢さ、切なさ、すべてが詰まっていて、胸が苦しい。でも、このシーンではっきりと、あぁ、この映画好きだなと思った。余談ですが、私はなぜか大切な人を失ったシーンでの残された人の振る舞いで、この映画好きだとかちょっと合わないかも、とか思うことが多い。

 

 

・恋人のドナルドがジェーンに1冊の本(ヴァージニア・ウルフ「自分ひとりの部屋」)を渡すシーン(1948年)

ヴァージニア・ウルフ「自分ひとりの部屋」は私自身、読んだことがある。女性と小説をテーマにヴァージニア・ウルフが講演したものが基になっており、そのすべてを理解できたわけではないないが、「女性は、自立してないと書きたいことも書けないし、お金がないと、自分と向き合う時間もない。だから、お金と自分一人の部屋が必要」ということを、きっぱりと述べ、その上で、温かい人生の先輩のような言葉が印象的だった。かなり前に読んだのだが、不思議とよく覚えている。そして、この本が登場した瞬間に、私の中で、この映画は、ジェーンという一人の人間(女性)の物語なんだ、と不思議と腑に落ちて、物語の印象ががらりと変わった。「何者でもなかった者が作家になる瞬間」をこうも美しく、悲しく、強く描く物語だったなんて……。

 

 

・ニヴン家の夫人がジェーンにかける「あなたには失うものがない、それは強みよ」という言葉(1924年

その場面でその言葉は、少しの匙加減で、全く違う印象になりそうなものを‼オリヴィア・コールマンお見事‼の一言。孤児として生まれたことが強みだなんて、そんな考え方もできるのね、目からうろこだわ、という意味ではない。この言葉って、圧倒的に持つ者が圧倒的に持たざる者に対して投げかける言葉で、残酷だし、一歩間違えれば、何言っちゃってるの?と白けてしまうと思うの。でも、決してそうはさせず、ジェーンの心に確かに意味ある言葉として刻まれた。それを体現したオリヴィア・コールマンがほんとにすごい。また、特別な言葉はなくとも、同じ意味で、ニヴン家の主人を演じたコリン・ファースも素晴らしかった。

 


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